1963年10月18日午前8時9分、アルジェリアのサハラ砂漠にあるフランスの実験場から、一匹の小さな白黒猫を乗せたロケットが飛び立った。パリから来た雌猫には、脳活動を記録する電極が埋め込まれ、名前の代わりに番号があり、十五分足らずで飼い猫の経験として最も奇妙な旅をくぐり抜けることになった。生きて戻った。初めて宇宙へ到達し生還した猫として記録されるが、その後五十年の大半、世界は名前さえ正しく呼べなかった。これは最初の宇宙猫フェリセットと、彼女を送り出した、複雑で居心地が悪く、確かに並外れたフランスの計画の物語だ。
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番号でしかなかった猫
フランスの航空医学研究機関CERMAは、飛行候補として十四匹を準備した。成功した任務に選ばれた白黒の雌は、C 341と呼ばれていた。実験室へ来る前の生活は、打ち上げほど確かに記録されていない。パリの野良猫だったという話も、業者から入手したという話もある。路地育ちはよい冒頭になるが、残された物語は彼女の自伝を与えてくれない。
番号は意図的だった。名前をつければ愛着がわき、侵襲的な研究には役立たないと考え、研究者は命名を避けた。1960年代初頭の動物宇宙飛行の倫理的な温度を、よく示す小さな細部である。
訓練計画
計画の記述には雌の候補と、拘束に耐えられると判断された個体への選好が出てくる。だからといって、雌猫は必ず穏やかだという一般的な生物学の規則にはならない。毛色の遺伝は別の話で、三毛猫とサビ猫の解説(英語)で扱っている。フェリセット自身は三毛ではなく白黒だった。
準備には、飛行条件へ慣らすための閉じ込めや遠心機での訓練があった。INAアーカイブの当時のテレビ報道は、CERMAでの準備、ロケット、カプセルの回収を記録する。キャリーに猫を入れたことがあればわかるように、入念に準備した旅への人間の熱意を、猫が共有するとは限らない。
飛行中の脳を記録する
ひるんでしまうのは手術だ。埋め込まれた電極で飛行中の神経活動を記録し、ほかの生理状態も監視した。電気刺激も実験の一部だった。機器をつけて拘束された実験動物であり、船室を自由に漂う猫ではなかった。
科学上の目的は、加速と無重量下の神経生理学だった。ケリー・ドハティ、フィリップ・ユング、ジャン=ジャック・セラの2018年の歴史論文は、CERMAが先に行ったラットのエクトールの活動記録の後に、フェリセットの任務を位置づける。実験目的があっても、動物の経験を考える不快さは軽くならない。
フランスがサハラにつくった宇宙基地
発射場はハマギール。現在のアルジェリア、ベシャール県にあり、ベシャールの町の南西だった。1967年まで使われた、フランスのサハラのロケット試験施設の一部である。アルジェリアは1962年に独立し、その後の協定でフランスは数年間使用を続けられた。独立の一年後、フランスの猫がアルジェリアの砂から飛び立った理由だ。
ロケットはヴェロニク。大気研究用に開発され、ドイツのV2技術の流れをくむ液体燃料の観測ロケットだった。フェリセットが乗ったのはヴェロニクAGI 47。同系列はすでにフランスの生物実験を運んでおり、1961年2月22日、ラットのエクトールがハマギールから高度約110キロに達して生還した。フランスは動物を宇宙へ送り回収した三番目の国になった。
CNESの歴史年表が記すように、ハマギールはフランスを軌道にも運んだ。1965年11月26日、同じ発射場のディアマンが衛星アステリックスを打ち上げ、自国のロケットで衛星を軌道に投入した三番目の国となった。二年後に施設は引き渡され、計画は別の場所へ進む。猫の飛行は、米ソの助けなしでできると示そうとした、その途中にある。
大気圏の上への短い飛行
C 341は先端部へ収容され、1963年10月18日午前8時9分に発射された。上昇時には約9.5gを受けた。通常の重さの約九倍半に相当する荷重であり、質量が増えたのではない。センサーが生理データを地上へ送った。窓辺との比較では、労働条件の変化を言い表すことすらできない。
カプセルは約150キロへ上がり、慣例的な100キロのカーマン・ラインを大きく越えた。公表された要約には正確な高度の小さな違いがあるが、重要なのは軌道周回ではなく準軌道飛行だったことだ。短い旅のうち、約五分が無重量だった。打ち上げから回収までずっと宇宙にいた、という意味ではない。
猫は外の面を押さずに、落下中に姿勢を変えられる。立ち直り反射の物理で説明した能力だ。しかしフェリセットはカプセル内で拘束されていた。普通の跳躍は、長い自由落下中の感覚条件のよい比較にはならない。
カプセルはパラシュートで降り、フェリセットは生きて回収された。NASAの宇宙の動物の歴史は10月18日の成功を記録し、ギネスは最初の宇宙猫と認めている。飛行を生き延びたのは確かな成果だった。ただ、実験が終わったわけではない。
二度目の飛行と他の猫たち
六日後の1963年10月24日、フランスは二匹目を打ち上げた。任務は失敗し、猫は死んだ。NASAは回収失敗を記し、計画の記述には大きく針路を外れたロケットが出てくる。名もないこの動物は、記念の物語にはあまり現れない。しかし記録には含まれるべきだ。
準備された猫がすべて飛んだわけではない。CERMAの外科医ジェラール・シャトリエとのやり取りに基づくパトリック・ロバーツの記述では、電極を除去する必要があったスクービドゥーは研究室のマスコットとなり、後に引き取られた。集団のほぼ全部が殺されたという明快な主張は、参照できる記述が十分一貫して確立しておらず、頭数として繰り返せない。
フェリセットが生き延びたのは飛行であって研究ではない
後にフェリセットは、脳と埋め込まれた電極をさらに調べるため安楽死させられた。多くの記述では飛行の数か月後とされる。生きた回収と研究中の後の死は別々の事実であり、一方で他方を隠すべきではない。
通り過ぎず、少し立ち止まりたい。1950〜60年代の動物宇宙計画は、一定数の犬、サル、ラット、猫を使い、人間の乗組員を生かす情報を得る前提で作られた。1957年11月3日にソ連が打ち上げたライカは軌道で死に、設計上も帰還予定はなかった。1947年2月にV2で大気圏の上へ送られたショウジョウバエは、パラシュートで回収された。アカゲザルのアルバート2世は1949年に宇宙へ達し、パラシュートの故障で衝突死した。ベルカとストレルカは1960年8月19日に飛び、翌日生還した。フェリセットもこの列にいる。楽に眺められる列ではない。
最初の宇宙猫がフェリックスと呼ばれた理由
ここで史実が漫画と絡んだ。任務の説明にはフェリックスとフェリセットの名が流通し、女性形の名は実際の雌猫と、有名な漫画の雄猫を結びつけた。さらに凝った話では、発射直前に雄の候補が逃げ、フェリセットが代役になったという。まとまった物語と、記録された物語は同じではない。
2014年にロバーツが紹介した書簡で、シャトリエ医師は計画にフェリックスという猫はいなかったと述べた。参加者の回想は、逃げた雄猫の話を退ける理由になる。楽しい前置きとして繰り返す理由ではない。本物の白黒猫には、代役の筋書きを発明しなくても、十分すぎる出来事があった。
混乱を深めた切手
名前の混乱は記念切手にまで及んだ。コモロ、チャド、ニジェールの例は宇宙猫をフェリックスと呼ぶ。追悼は記憶とともに混乱も保存した。誤りに公式らしい承認の印を押すという、珍しく文字どおりの例だ。猫は公的な図像によって別の形にも作り直されてきた。古代エジプトの猫(英語)で扱う神殿の伝統もその一つだ。
1,141人の見知らぬ人が支えた像
特に目立つ追悼の取り組みは、2017年に像の計画を始めたマシュー・セルジュ・ガイから生まれた。Kickstarterの記録では、2017年10月18日から11月17日までに、目標4万ポンドに対し1,141人が4万3,323ポンドを約束した。目標と最終額は別の数字であり、募集終了と後の設置も別の時点だ。
英国の彫刻家ギル・パーカーは、地球儀の上に座り、顔を上へ向けるフェリセットの青銅像を作った。2019年12月、ストラスブールの国際宇宙大学で、宇宙研究修士課程の25周年行事中に披露された。除幕の報道が示すのは、宇宙飛行を学ぶ人々のキャンパスにいる姿だ。名前の違う切手より、よい結末である。
像が本当に直すのは帳簿の誤りだ。宇宙史は「初めて」を細かく記録するのに、半世紀以上、一項目が漫画の名前で整理されていた。正す意味は、ボイジャーのゴールデンレコード(英語)が、人類が送ったと言いたいものではなく、実際に選んで送ったものを記す意味と同じだ。記録は出来事に合っているべきである。
よくある質問
1963年以降、他の猫も宇宙へ行った?
フェリセットは、宇宙に達して生還した最初の猫として認められている。二匹目のフランスの猫は六日後に打ち上げられ、失敗した任務で死んだ。有名になったのがフェリセットだからといって、その致命的な飛行を消してはいけない。
フェリセットは本当に宇宙へ到達した?
到達した。カプセルは慣例的な100キロの境界を越え、約150キロへ上がった。数分の無重量を伴う準軌道の跳躍であり、地球を一周する旅ではなかった。
フェリセットは野良猫だった?
研究室以前の経歴は不確かだ。よくパリの野良猫と説明されるが、業者から入手したとする話もある。計画に入った事情より、任務の方が明確に記録されている。
なぜ犬やサルではなく猫を選んだ?
神経学の実験であり、20世紀半ばの研究で猫の神経系は特によく調べられていたため、加速と無重量で脳活動を読む実用的なモデルだった。観測ロケットの先端に収まる小ささもある。通常の環境で、その神経系がどれほど違う世界を処理するかは、猫の実際の見え方(英語)をどうぞ。
フェリセットの記念像はどこで見られる?
フランスのストラスブールにある国際宇宙大学のキャンパス。青銅像は2019年12月からそこに立っている。
一匹の猫、ロケット、そして正された記録
フェリセットは志願せず、理解せず、長い生涯も得なかった。得たのは短い準軌道飛行と、発射時の負荷の下で神経系が働くことについてフランスが学ぶデータ、そしてメスだった。今あるのはストラスブールのキャンパスの青銅像と、正しく綴られる名前。帳簿を直す価値があると思った見知らぬ人々が支えた。飛行の間ずっと識別番号だった猫にとって、正確に記憶されることは、この話に許される最も幸福な結末に近い。イスタンブールの街路(英語)から先まで、猫は長く人間の歴史を静かに形づくってきた。たいてい、頼まれもせずに。
2026-08-23公開の英語版の記事を日本語に翻訳しました。翻訳日:2026年10月30日。翻訳にはAIを使用し、記事内の時点は原文に合わせています。




